【précieux 京都】#26
カウンター割烹、師を思い、耐えて前へ

precieux京都

割烹たいら=京都市下京区仏光寺通柳馬場西入東御前町401

 

仏光寺からすぐ、カウンター8席のみの社交場

「割烹たいら」は10年前、平智明さんが仏光寺の東側に並ぶ築130年の町家長屋に開いたカウンター8席のみの店だ。

賑わう四条通から数本通りを進んだだけで、昭和の風情が残る静かな街並み。財布だけ持って「おいしいもん食べさせて」とやってくる近所の老夫婦、名の知れた企業の社長、海外の有名ワイナリーのオーナー、東京からがやってきた一人旅の大学生…客層は定まらない。「あそこに行けば、うまいもんが食られて、面白い人が集まる」と、京都で名が知られるようになった。多くの「縁」が生まれ、広がった。40歳で修行先から独立する際に30軒ほど回って、やっと巡り合えた場所で、着実に贔屓(ひいき)を増やしてきたのだ。

自分一人で切り盛りするから、大きな儲けは望めない。けれども好きな仕事をして、客と良い縁を結べて、そして妻と中学1年生の息子と暮らしていければ、それでいい、と思っていた。

趣がある町家長屋

小さく店の名が


カウンター8席(今は6席)の心地よい空間

 

もうだめか、と打ちのめされた自分を救ってくれたのは…

やっと定まってきたな、と思った矢先、新型コロナウイルスで、状況が一変した。「客足が途絶えて、ノックダウンという感じでした。借金は増えて、大家さんに家賃支払いを待っていただいたり、ローンの借り換えをしたりしましたが、銀行の担当者からは潰れるよ、と言われました」。平さんは、あまりにも苦しすぎて、このあたりの記憶があまりない。追い込まれ、万事休すという時に持続化給付金を得ることができた。大家や仕入れ先などに待ってもらっていた支払いを終えると、残りはわずか。

夜、灯りを落とした店で「あの方なら、どうするやろ」と考えた。迷いが生まれた時、悩んで落ち込んだ時、いつも思うことだ。あの方とは、修行先の割烹「千花(ちはな)」の創業者、永田基男さんのこと。82歳で亡くなって15年も経つが、師と仰ぎ続けてきた。永田さんが1946年創業した「千花」には、川端康成、三島由紀夫、司馬遼太郎、遠藤周作、白洲正子らが京都でのサロンとして通い詰め、世界中から料理人や食通が訪れ、京都の宝と言われるようになった。

温かい笑顔の平さん(撮影用にマスクを外して)

玄関横の床。ここで眠れない日々を過ごした


師の話を聞いている最中に、ふわりと風で、のれんが揺れ上がった

 

やってはいけないこと、やるべきこと

あの方なら。今までのままの商売の仕方ではあかん、と知恵を絞るだろう。苦しい時こそ食材の質を充実することを考えて、客が来なくても店を開け、磨き上げるだろう。できない言い訳を並べるよりはできることを考えるだろう。ノックダウンしたんだ。起き上がろう。

そう決めた次の日に飛び込みで総合食品メーカーの営業マンが戸を叩いた。話を聞くと魚や野菜への知識が豊富だった。1㎏単位でしか買えなかったジュンサイが100gから買えるという。魚も1尾丸ごと買わなくていい。さらに質が良く、車で毎朝、大阪から配達してくれる。これなら余計な仕入れをしないでいいどころか、少しずつ、多くの種類を仕入れられる。生き残りをかけた新しいビジネスだという。乗ることに決めた。

ラインや電話で「今は行けないけど、待ってて。必ず行くから」「何か送ってもらえるものがあったら買わせてもらう」という客からの連絡が入るようになった。そういう客には、タケノコやちりめんじゃこを炊いて贈った。
最近、仏光寺の朝の説法に通うようになった。誰にも先はわからない。乗り越えられるのかも。みんな不安ながらも、何かを求めて生きている。5月の売上はコロナ前の同月に比べて95%減。

心の中で師に問うと「耐えて待て」と返ってきた。

 

たいらのお昼は6,000円(税・サ込)コースのみ
ある日の献立

先付け 麩と新トマト煮、枝豆

子芋焚き物、稚鮎の焼き物


椀物 長芋とナスの汁もの


ハモの温かい落とし 京都の夏が始まった

野菜いろいろ揚げ物
きりりと冷えた白ワインにピッタリ

マナガツオの焼き物 山椒と酒かす


鮪の一味唐辛子炊き、浅瓜


釜揚げちりめん、国産レモン、
ジュンサイの酢のもの。しびれるおいしさ


新ショウガとピュアホワイトコーンの炊き込み、
シソの吸い物、香の物、自慢のチリメン山椒


妻の実家で採れたプラムを使ったゼリー、
自家製餡と餅粉100%のもなか

 

※割烹 たいら
〒600‐8074 京都市下京区仏光寺通柳馬場西入東御前町401
TEL:075-341-1608
昼12:00-15:00 夜17:30-
(閉店は問い合わせ)
月曜定休。予約のみ、昼夜とも2組

 


◆Writing / 澤 有紗

著述家、文化コーディネーター、QOL文化総合研究所(京都市上京区)所長。

京都、文化、芸術、美容、旅や食などなどをテーマに雑誌・企業媒体誌などの編集・執筆を担当するほか、エッセイなどを寄稿。テレビ番組や出版のコーディネート、国内外の企業の京都、滋賀のアテンドも担当。万博の日本館にて「抗加齢と日本食」をテーマに食部門をプロデュースするなど、国内外での文化催事も手掛ける。コンテンツを軸に日本の職人の技や日本食などの日本文化を「経済価値に変える」「維持継承する」ことを目的に、コーディネート活動を行っている。

主催イベントとして、日本文化を考える「Feel ! 日本 -日本を感じよう-」と、自分を見つめ直しQOLを高める「Feel ! 自分 – QOL Terakoya Movement‐」を定期開催。


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